正解を求めずに生きることを教えてくれた人
- AKI

- 2019年10月22日
- 読了時間: 7分
更新日:2020年8月26日
「普通は30歳くらいになったら結婚するもの」
疑いもなく、世間一般の正解に向かって突っ走っていたSさん。
得体の知れない「恋愛」というものは、なにやら
受験勉強みたいな正攻法もなければ明確なゴール地点も見えない。
そんなSさんが、愛する人と出会って、変化したこととは・・。

社会的には、自立して働いていた私。
だけど、大事なことはいつだって実家の母親に相談する日々。
なんだかどこかいつまでも、コドモみたいな自分が居て。
結婚して、オトナの自分にならなきゃ、なんて漠然と思ってた。
「君と僕の前には、60枚の鉄の扉がある」
大学生の頃に、サークル仲間の男の子に言われた言葉。
昔から、自分が話したいことよりも、相手が何を話せば喜んでくれるか
ばかり気にしていた。
女の子相手ならまだ想像がつくけれど、男兄弟も居ない私は、
男の子相手だと、何を話していいのか皆目見当もつかない。
疲れる。早く時間が過ぎてほしい。
小学校4年生の頃に、一度だけ転校を経験した。
確かその時からだ。
異性と話すのが苦手になったのも、
自分が相手に「仲良くしてもらっているのか」
自分が相手と「仲良くしてあげているのか」を考えてしまうようになったのも。
高校は女子校。3年間、ベリーショートでバレーボールに打ち込む日々。
流行りの音楽にも芸能人にも目もくれず、一心不乱にやるべきことに打ち込んだ。
もちろん勉強も人一倍頑張った。
晴れて大学生。
新しいコミュニティで「自然とその場に溶け込める人」と
「一生懸命頑張ってその場に馴染もうとする人」がいるとしたら、
私は完全に後者だった。
流行りの音楽も芸能人も、全然話についていけなかったけれど、
一生懸命話を合わせて、みんなと同じタイミングで笑っていた。
テニスサークルに入って、みんなとワイワイ楽しむ。
「キラキラした団体に属して、大学生活を楽しんでいる子」と思われたくて、
今思えば無理をしていた。
だって、大学生の正解の姿って、そうあるべきでしょう?
自分のやりたいことをやっているはず。
なのになぜ。心がちっとも喜んでいない。居心地の悪い不一致感。
高校生までは、選択肢なんてあるようでなかった。
だから困ることなんてなかったのに。
既にあるものを模写することが得意だった私は、成功例に向かって、
誰よりも努力してきた。
「自由に選んでいい」と言われてしまったら、何をどう選択すればいい?
当時の私の選択基準は「周りから楽しそうな私」に見えるかどうか。
就職した後ですら「バリバリ働いている私」と周りが見てくれるかどうかが
相変わらずモチベーションの一つになっていた。
そうやって他人の評価軸を生きていた私が、夫に出会ったのは、
2018年3月だった。
お酒が得意ではない私。
一生懸命周りのペースに合わせて飲んでいたけど、
実はなかなか減らないグラスの中身。
さりげなく、自分の分と一緒にウーロン茶を2つ注文してくれた彼。
もしも、「大丈夫?他の飲みものに変える?」なんて聞かれてたら、
きっともっと気を遣って、頑張って飲んでしまっていたはずだ。
何も言わずに、そっと本当に欲しいものを差し出してくれるやさしさ。
本当の意味での気配り。
同じように神経を張り巡らせて生きてきた私にとって、
その繊細な気配りに、一瞬で心を奪われてしまった。
人に素を見せることができなかった私が、
なぜが彼とは一緒にいても疲れない。時間を気にしなくてもいい。
気分が乗らなくても、約束してたら、会うのが正解。
フットワーク軽く、どこへでも遊びに行ける社交的な自分が正解。
そうやって無理してた頃の私が、嘘みたいだ。
カレー食べたいなって思ってたら「カレーにしよっか」と言ってくれる。
言葉にしなくても、私の些細な仕草を見てくれる。
今まで私が、そうしなきゃと思って周囲にしてきた気配りのアンテナを、
彼はただ私のためだけに、自然にむけてくれている。
打算なく「私そのもの」を見てくれていると思える安心感がある。
彼に出会うまで、大事なことを一番初めに相談する相手は、母親だった。
母親だけが、自分の存在そのものを無条件に受け止めてくれると思ってた。
どんな自分でも「生きているだけでいい」と全てを認めてくれる存在。
安心できる唯一の大切な場所。
でも、一方で、
自分を受け入れてくれる相手、本当に頼れる相手、
心を開ける相手が「家族だけ」って、なんだか恥ずかしいことのような気もしてた。
2018年9月。
彼と一緒に暮らし始めたとの同じくらいのタイミングで、
身体を壊して、心もどん底にいた。
仕事もちゃんとする。家事もちゃんとする。嫌なことがあってもいちいち泣かない。
そんな自分でいたかった。
「ちゃんとできない自分」を受け入れられずに、涙が溢れた日々。
2時間泣き続けて取り乱しても、彼は何も変わらず、ただそこに居てくれた。
泣いてる自分を見せたくない。メソメソして嫌われたくない。
かっこ悪いところなんて見せたくない。
一度実家に帰って、思いきり泣こう。
そして建て直したら、また彼の前に戻ってこよう。
そう思ってスーツケースに荷物を詰めた時、
「ここが君の家なんだから、ここで泣けばいい」と言ってくれた彼。
「(隠そうとしている部分)もう出ちゃってるんだから、全部出せばいい。」
「全部出したって、居なくならないよ。」
弱くてめんどくさい、本当の私に、そう言ってくれた彼。
「この人になら、全面的に寄りかかっても、大丈夫。」
初めてそう思えた。
彼は、どんな私でも居なくならない。
無条件で、私そのものを、受け止めてくれる人。
いつの間にか、一番最初に相談する相手も、
一番最初に帰りたいと思う場所も、彼のもとになっていた。
お母さんみたいに口うるさく家事を仕切りたがる私
何もかもめんどくさくなってダラダラと彼に委ねる私
恋人同士のように甘く甘える私
末っ子気質の赤ちゃんみたいに思うままに振る舞う私
彼と過ごす空間の中でも、気づけば私はいろんな顔を持っていて、
そのどれもが本当の自分で、
いちいち考えたり他意を持ったりせずに、自然にスイッチを切り替えて、
その時々で居心地の良い役割につく。
ずっと人の目ばかり気にしてきた私が、
すべてをさらけ出して、素でいられる奇跡。
幸せ。
もしも彼と一緒なら、スラム街だろうがボロアパートだろうが、
たとえ世間が私を「かわいそうなやつ」と後指をさそうが、
私は、幸せだ。
他人がどう思うか、じゃなくて、私が幸せかどうか。
無条件に受け止めてくれると感じられる人に出会い、
新しい「自分の世界」ができた。
そしたら自然と「もう外の世界で頑張らなくてもいいや」って、
肩の力が抜けていくのを感じた。
「自分の味方が居る」という前提が出来て変わったこと。
それは、正解は一通りではない、と思えるようになったこと。
「周りからよく見られたい、評価されたい」一心で、努力し続けてきた人生。
世間一般に認められる正解に向かって進むのが正しいと信じてた。
だから一生懸命「こうあるべき」に向かって人一倍努力して。
「私がこんなに頑張ってるんだから、当然、あなたもここまですべき。」
「私がここまでやってるのに、他の奴らは同じくらいやろうとしない。」
「普通、こうするでしょ?」
世の中バカばっかりじゃん、なんて怒りや諦めを秘めながら、
愛想笑いして生きてきた。
そんな自分は、好きじゃなかった。
彼と出会って、
「きちんとしている自分」でなくても、受け止めてもらえることを知った。
きちんとしていない自分でも、自分はありのままで充分価値のある存在だと知った。
きちんとしていない自分でもOKと、自分を許すことができたら、
他人に「きちんと」を求めなくなっている自分が居た。
正解は一通りじゃない。
私も、あなたも、それでいい。そう思えたら、すごく楽になれた気がした。
本当にしたいことしかしない。
そんな自分でもOK。
<彼が私の人生にもたらしてくれたギフト>
自分の心が喜ぶこと、楽しく生きること
正解を求めずに生きることを教えてくれた。
「したい」か「したくないか」ではなく
「正解」か「不正解か」で生きてきた。
そんな私に、幸せの判断基準が変わるきっかけをくれた人。
<私が彼の人生にもたらしたいギフト>
私も、彼から受け取ったギフトと同じものをプレゼントできる存在でありたい。
「素のあなたでいいよ」と感じてもらえる空間を作りたいし、伝えていきたい。
彼が幸せだと思う道を、好きなように生きて欲しい。
彼が、どんな状態になったとしても、私も変わらず、そばに居続ける。
ただ、あなたのそばに、ずっと居る。





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