top of page

ブーゲンビリア

  • 執筆者の写真: AKI
    AKI
  • 2020年10月21日
  • 読了時間: 6分

レンズの向こうで幸せそうに笑う

この人も、

本当は、

心の中で、

誰にも言えない想いを

抱え込んでいるのかも知れない。


ふとした瞬間、

新米ママの不安げな表情が写真に視えることがある。


かと思えば、

小さな我が子を愛おしそうにまなざす

強く、愛に溢れた一枚が切り取られることもある。


カメラを握りながら、

日々、

自分自身がアップデートされていく。


レンズの向こうにいるその人の

想いや人生に寄り添い、

今というこの瞬間の記憶を、形に残していく。


こんな気持ちがあったんだ、

と時折、

私の内側に、

これまでに感じたことのなかった感覚が

流れ込んでくる。


カメラが好き。

写真が好き。


感謝される喜びがそこにあって。


今、私がしていることは、

価値があることだと、

心から信じることができている。


かけがえのない一瞬を逃すまいと、

がむしゃらにシャッターをきる。


夢中になれるこの仕事に出会って、

自分が存在していることの意義を

感じられるようになって、

こんなにも「自分を生きる」開放感を知って。


私は今、最高に幸せだ。


そして、

この場所にたどり着くことができたのは、


母が私にくれた

ギフトなのだと思う。


誰かに喜んでもらえることが好きだ。


リハビリ施設で働いていた時も仕事が本当に好きだった。

辞めるときには会えなくなるのが寂しくて、

100人近くいる利用者さん一人一人に絵手紙を書いた。


一人一人、どんなものが好きかをリサーチして、

ある人にはお花のことを、ある人にはお酒のことを。

一人一人の顔を思い浮かべながら、

より心に届くように、想いを伝えた。


大学時代の友達は今でも特別。

誰かが誕生日のたびにサプライズパーティーを入念に準備した。

徹夜しても苦にならないほど夢中になって。

驚いている姿、喜んでいる姿を

目の前で見ることが嬉しくてたまらなかった。


今だって、周りの人に恵まれて、

みんなが私を助けてくれて、チャンスをくれるのだ。


母は私を、そんな人間に育ててくれた。


だけど、

人と人との深い繋がりを求めている分、

傷つくことを恐れる自分もいた。


思春期の頃、女子同士の難しい人間関係に苦労して、

本当の自分を出せないこともあった。

好きなのに好きだと言えず、何もできなかったこともあった。

顔も知らない誰かに批判されるのが怖くて、

SNS上での自己表現をためらっている自分もいた。


猫被りの八方美人。

素の自分を見せられる相手と

そうじゃない相手を分けたりもして。


あのしっかり者の祖母が

不自由になっていく姿を母と一緒に見守って、


人の記憶は儚いものなのだと、思い知った。


それは、

よく耳にする一般論ではなくて、

私の目の前で起こった「現実」だった。


だから、

大学で福祉と健康を学んだことも、

リハビリ施設に就職したことも、

そして、記憶を刻むカメラマンになったことも、

必然だった。


自分の意思で、選択してきた。

やりたいことを見つけたら、

たとえそれが「みんなと同じ道」ではなくても、

そこに自分の進むべき道を見出していた。


でも、頑張っても頑張っても、できないことが多かった。

勉強も苦手だし、ギリギリになってからやるし、

遅刻魔だし、すぐ忘れるし、だらしないし。


欠点すぎる欠点に真剣に向き合わなきゃと挑んでは、

結局同じことの繰り返しだった。

全然ダメで、どこか抜けている自分に自信なんか持てなかった。


だから、せめて笑っていることにした。


とりあえず元気な自分でいようと思った。


どれだけマイナスな状況でも、

自分がその渦に巻き込まれないように。


リハビリ施設を辞めて、失恋して、家がなくなり、お金もなくて、

弟に迷惑をかけて、掛け持ちの仕事もバラバラで、

どん底だったあの頃、

私は一体何をしているんだろうと、

さらなる自信喪失。


だけどこの時も、人との出会いが私を救ってくれた。

カメラの世界を教えてくれた人がいて、

フリーのカメラマンとして

自分の足で立っていく生き方を

示してくれた人がいた。


そして、その道を見つけた私は、

自分の意思と努力で、チャンスを掴み取っていくことができた。


たくさんの人が差し伸べてくれた手と

あのどん底から這い上がるために

がむしゃらに頑張った1年間が、

私に自信を与えてくれた。


笑って、奥にしまい込んでいた

いくつもの悲しみや葛藤さえ、

「今の私」をつくる大事な要素になっている。


「あの写真はあなたらしくない」


そんなふうに言ってくるのは、母だけだ。

その言葉が胸に響く。


自分でさえ掴み所のない「私らしさ」を

母は、知ってくれているのだ。


考えていることの表面しか語らず、

素を見せられず、

遠慮して笑っていただけの私ではなく、

本当の私を、母は知っているのだ。


母でなければ気づかない

フィードバックの数々は、


「この写真を撮った時の私、何を考えてたんだろう」

「この写真を載せた時の私、誰に何を伝えたかったんだろう」


そんな本質に立ちかえらせてくれるのだ。


「アシスタントがいない中でやるのって、本当に大変だと思う。」

「ご飯も作ってあげたいし、ママがアシスタントやってあげたい。」


いくつになっても、母の言葉は嬉しく、有難い。


その時私は、

「プロのカメラマン」ではなく、

「母の娘」になる。


優しくて、でも、芯の強い女性で。

料理が上手で、私を本当に大事にしてくれて。


子育ての大変さ。親族付き合い。

夫婦であり続けること。

一人の人間として、自分自身を生きること。


母がこれまで経験してきたこと、

見てきたこと、感じてきたこと。


私には、到底計り知れない。


それでも、

私の記憶の中の母は、いつだって私に微笑みかける。


父もそうだ。

私の友達ともすぐに距離を縮めようとしてきて、

ひょうきんでいい加減なことばっかりしてるのに。

だけど、本当に大事なことは決して口には出さず、

眉間にしわ寄せ、弱みを見せず、笑って強がる姿は、

私も受け継いでしまったことの一つ。


女手一つで母を育てた祖母も。

きっと忘れてしまいたいと思うほど

大変な苦労もしてきたはずだ。



そして、

いつもまっすぐストレートな言葉ではっきり物言う母も。

喧嘩することもあるけれど、

芯を持って強く生きてきた母の言葉は、

私の心に最短距離で響く。

だけど結局いつだって、どんなことがあっても、

いつも友達のように寄り添って私を支えてくれる。


人は皆、

大切な人に心配をかけまいと、笑顔を見せる。


大切だからこそ。

胸にしまって、愛を注ぐ。



何かを抱えながら生きるのも、

人間らしい。


それは必ずしも悪いことではなくて、

そのすべての経験や感情が

「今の自分」をつくるために必要なこと。


だからレンズの向こうにいる新米ママの

どんな感情も状態も、美しく思える。


撮影しているその時間以外にも

お客さんにはそれぞれの生活があって、

いろんな人間関係があって、

きっと必ずしも単純な幸せだけではない。


でも、

それでも、

どんな状況でも、

我が子に注がれる視線は、

あんなにも愛に溢れている。



それは、とてつもない愛だ。


母も、こうして私を育ててくれたのだ。



カメラを握りながら、こんなにも胸が熱くなるのは、

私が母に愛されながら育ってきた証拠だ。


そして、母の愛に後押しされながら、

強く、一人の女性として

自分の道を突き進んできた自分だからこそ。


どん底の先に、

その全てに意味が与えられる日が来ることを知っている

自分だからこそ。


その人のありのままの姿を写す。


どんな状態でも、人は強く、素晴らしい。



そのことを知っているカメラマンであることを、

誇りに思う。


そんな自分になることができた。

それは、母が私に与えてくれたギフト。


誰かの生きる糧となるような写真を撮りたい。


そうやって生きる私自身もまた

家族の糧となれるように。


それが

今の私にできる1番の恩返しだと思うから。


コメント


bottom of page