あなたが果たしてくれたこと(離れて暮らした息子より)
- AKI

- 2020年4月2日
- 読了時間: 3分
更新日:2020年8月26日
〜生きていくうえで大切なことを教えてくれた人〜

48歳で転職し、 単身赴任を始めた自分を、母はきっと今も、心配しているだろう。 だけど、 こうして本当にやりたいことを掴み取って 生きることができているのは、 紐解いていくと、 母が自分にくれたものと、確かに繋がっているようにも思うのだ。
挨拶と掃除は、全ての基本。 どれだけキャリアを重ねても、まずは自分が行動で示す。 そんな姿を見せることで、 下の世代の心を動かしたり、 周囲が驚くような著名な研究者とのご縁が繋がったり、 自分が心から誇れる最先端のチームの一員として、 やりたいことに挑戦するチャンスが巡ってきたりもした。
小学生の頃の母の記憶は、 「作法に厳しく、怒ると怖い」。 叱られて雪の夜、家の外に放られたこともあった。 だけど、 母が教えてくれた「人が生きていくうえで大切なこと」が、 自分の身体や感覚に染みついていることで、 仕事においても、子育てにおいても、自分が創る家族においても、 いつもベースとなって、自分の信念を支えてくれている。
転職したいと相談した時、 自分を信じて、理解を示してくれた妻。 二人の子供たちも、家族への思いやりと、 人としての基本的な作法がしっかり身についている。 そんな家族を築けた幸せは、遡ってみると、 母が自分にくれたギフトなのだと思う。
自分の育ってきた環境は、 他人から見たら、かわいそうに思われるかもしれない。 確かに幼い頃は、寂しくなかったと言えば嘘になる。 だけど、そんな人生だったからこそ、今の自分があるとも、 思えているのだ。 高校生の頃、楽な方ばかりへと逃げて、 悪いことがかっこいいことのように思えて、 祖父母に迷惑をかけていた、あの頃。 専門学校に進学して上京したその年、 新線新宿駅ホームのベンチで、自分が捨てたタバコを拾う 祖父と変わらぬ世代の清掃員を見た。
その瞬間、人目も憚らず、 涙が溢れ出てきた。 「自分は、一体、何をしてるんだろう」と。 その年の夏休み、長野に帰省し土下座して、 これまでのことを詫びた自分に 祖父がかけてくれたのは、 「これからを、ちゃんと生きていけ。」という 大きな愛情と信頼に満ちた言葉だった。
受け取った愛情に、しっかりと感謝すること、 人がかけてくれた想いに対して裏切らず、 自分自身も思いやりを持って家族に接すること。 そんな当たり前のことが、 本当に大切なことなのだと、 心の底から実感することができている。 そんな自分になることができたのだ。
息子が中学生の頃、 生活指導の先生に呼び出されることもしばしば。 自分も散々、祖父母に迷惑をかけてきた。 どこかで気持ちがわかるような。 一度、言われのない濡れ衣で、 息子が学校から指導を受けたことがあった。 否定する息子の様子を見て、 「自分の子供を信じよう」と妻に話をした。 息子が大人になってから、 「あの時、信じてくれてありがとう」と、 そう言われた時は、 なんだかとても嬉しく思えた。
思えば、悪さばかりしていた10代の頃。 母に叱られた記憶はあまりない。 それは、母が自分を信じてくれていたからのように思う。 強く、手放しに、自分を信じてもらえていることの心強さ。
一緒に過ごした時間が、 普通の親子よりも少なかったとしても、 自分は、充分にその愛情を感じながら 生きてくることができたのだと思う。
母も、祖父母に厳しく育ててもらったらしい。 そんな母と祖父母に育てられた自分は、 真面目で理解のある妻とともに、 思いやりと常識を備えた二人の子供たちを育てることができた。
母が自分にくれたものが、 世代を越えて、受け継がれていることを感じる。
母が自分に果たしてくれた役割を、 自分も子供たちの世代に引き継いで。 そして今度は、 子供たちが、次の世代に渡していくだろう。
だから安心して。 これからは自分のことだけを考えて、のんびりと。
そばにいてくれる妹の旦那さんに感謝して。
ずっと幸せに生きていってほしい。 「産んでくれて、ありがとう。」





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